GPT-5の推論強化がもたらす副作用 ── "賢くなった"はずのモデルに感じた違和感

はじめに

今回は、GPT-5を使っていて感じた「違和感」について、自分なりに整理してみます。

GPT-5はすでにリリースから時間が経っていますが、当時感じたモヤモヤを整理することには、今でも一定の意味があると感じています。

結論から言うと、私が感じた違和感の正体は「推論強化の副作用」ではないかと考えています。

この記事は、モデル内部の実装を解析するようなものではありません。あくまで実際に使ってみて気づいた挙動を整理し、「なぜこうなるんだろう?」を考えてみた記録です。

まずは、私が実際に遭遇した事例から紹介します。

事例①:聞いてもいない話題を持ち出してくる

ある日、「ドラッグストアで購入可能な、効果が緩やかな化粧品」について相談していました。

するとGPT-5は、私が聞いてもいない「クリニック専売の、効果が強いカウンセリング化粧品」の話を持ち出してきました。「それは今の話題から逸れていますよね」と指摘したところ、GPT-5はこう答えました。

「あなたのスキンケアへの理解が深いため、より上位レベルの比較を持ち出したくなってしまいました」

つまり、私の知識レベルを推測して、「この人ならもっと高度な情報も欲しいはずだ」と判断し、聞かれていない情報まで出してきたわけです。

少なくとも私の経験では、GPT-4以前ではここまで踏み込んだ話題の広げ方はあまり見られませんでした。

気づいたパターン: 「質問そのもの」よりも「質問者が関心を持ちそうな領域」が優先されている

事例②:一度だけの指示をずっと引きずる

GPT-4までを使っていると、指示はあくまで「今回だけ」のものとして扱われている感覚がありました。

ところがGPT-5では、一度だけ出した指示がチャット全体に適用され、以降の会話にも影響し続けることがあります。

特に「〜しないで」「避けたい」といった否定的な指示は強く記憶されやすく、明示的に上書きしない限り、ずっとそのルールが生き続けているように感じます。

気づいたパターン: 「今回だけのお願い」が「このユーザーの好み」として一般化されてしまう

事例から見えてきた共通点

この2つの事例に共通しているのは、「私が明示していない前提や意図を、GPT-5側が勝手に補完・固定化してしまう」という点です。

正直なところ、最初は「GPT-5は文脈を読む力が下がったのでは?」と思っていました。でも、推論強化について調べていくうちに、むしろ逆だと気づきました。

つまり、文脈を読みすぎて、指示されていない余白まで埋めようとしているのではないか、ということです。

言い換えれば、これは一種の「おせっかい」とも言える挙動です。では、なぜこんなことが起きるのでしょうか?

背景:GPT-5の推論強化って何?

GPT-4からGPT-5への進化で、大きく変わったのが「推論能力の強化」です。ユーザーの意図をより深く理解し、文脈を踏まえた回答ができるようになりました。

ここでいう推論強化とは、単に文脈を追うだけではありません。「ユーザーの発言の裏にある意図や前提を想像して、それを補った回答を作る」という方向への最適化です。

一見すると順当な進化に思えます。でも、先ほどの事例で見たように、この強化が裏目に出ることもあるんです。

仮説:なぜ「おせっかい」になるのか

ここまでに見てきたような「おせっかい」と感じられる挙動には、モデルがどう評価されているかが関係しているのではないかと思っています。

GPT-5を何度か使っていて気づいたのは、「情報が足りない」より「情報が多すぎる」方が許容されやすいという傾向です。

例えば、「説明が浅い」「注意点を先に言ってほしかった」というフィードバックは減点されやすい。一方で、「冗長だった」「知っていることまで書いてある」という指摘は、そこまで致命的な減点にはならない。

これは公式に発表された仕様ではありませんが、実際の応答を見ていると、そういうバランスで設計されているように感じます。

考えてみれば、これは合理的なトレードオフです。「足りない」と感じる回答はユーザー体験を大きく損ないますが、「ちょっと多い」くらいなら致命的な不満にはつながりにくい。

結果として、GPT-5は「ユーザーが次に聞きそうなこと」を先回りして答えようとします。ユーザーの指示そのものよりも、「この指示の裏にあるであろう完成形」を出そうとする。これが「先回り感」「おせっかい感」の正体ではないかと思っています。

考察:GPT-4とGPT-5で何が変わったのか

GPT-4までは、「ユーザーは自分が何を聞きたいか分かっている」という前提で動いていたように感じます。感情的なケアは二の次、という印象でした。

一方、GPT-5は「ユーザーは不安や誤解を抱えているかもしれない」という前提が強くなっているように見えます。

この変化が、「丁寧だけど、聞いてないことまで答えてくる」という挙動につながっているのではないでしょうか。

実際にどう付き合えばいいか

指示のスコープを明示する

GPT-5自身に「先回りしすぎる癖を直すには?」と聞いてみたところ、「指示を出すときにスコープを明示するといい」という回答がありました。

例えば、単に「箇条書きでまとめて」ではなく、「今回の質問に対してのみ、箇条書きでまとめてください」のように、指示の適用範囲をはっきり伝えるということです。

用途に応じてモデルを使い分ける

とはいえ、最小限の応答が欲しい時に、GPT-5をスコープ指定でガチガチに縛るのは正直面倒です。それなら、応答の方向性が違う別のモデルを使う方が合理的かもしれません。

逆に、ユーザーの心情に寄り添ってほしい時や、まだ自分の考えがまとまっていない時は、GPT-5の「先回り」がむしろ助けになることもあります。

「何をどう聞けばいいか分からない」という状態の時には、背景にある意図や懸念を汲み取ってくれるGPT-5の特性が、安心感につながる場面もあると感じています。

まとめ

私がGPT-5に感じた違和感は、「AIが”丁寧になる”ことと、“知的に信用できる”ことは別だ」という感覚から来ています。

GPT-5を「進化」と感じる人は、AIに賢い相談相手やコーチとしての役割を期待しているのだと思います。そういう人にとって、先回り・補足・注意喚起は親切さや知性の証拠です。

一方で、私のように違和感を覚えるタイプは、AIを高性能な思考ツールや補助脳として見ています。この視点だと、先回り=越権、過剰補足=ノイズ、方向提示=バイアス注入になりやすい。

GPT-4からGPT-5 へ、モデルは確かに「賢く」なりました。しかし、「進化=全面的な改善」とは限らないということを、身をもって学んだ体験でした。

だからこそ、モデルの進化に合わせて、使い手側も「何を任せ、何を任せないか」を意識的に選ぶ必要があるのだと思います。

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